Thursday, September 29, 2005

限界は何が決める?

その人の許容範囲
キャパシティの問題なのですが
何事にも謙虚で真摯な態度を取る人間が多くを勝ち取るものだと思います
しかし
生まれ持った才能がグレーゾーンのように点在してるのも確かなのです
どんなに研鑽積んでも真似できない事は腐るほどあるはずなのに
自分らしさを見つけられず
当てもなく彷徨う残骸になりつつある自分を見ると
そんなものだねと呟くしかないという

これからは何かアクションを用意するというか
前向きな行動をとらなければ
不飽和なまま人生を終えてしまいそうです

Friday, September 23, 2005

変えられないもの

癖って人それぞれだと思うんですが
変えたくても変えられないものがあるのです
喫煙だったり飲酒だったり
癖というより習慣だったりするかジンクスというか
そうですね宗教の儀式もそうです
最近大人になるにつれそれらが巨大な存在になりつつあるのです
見えない道を手探りで進んでるようで何かに頼る
何となく年をふさわしく取りつつある事が嫌になってきた今日この頃です

Friday, September 16, 2005

SFC考 ゲームは将来どこへ行く?

個人的にFCから始めたかったのだが思い出のネタがないので
ビット数が倍になって表現の能力が格段に向上したSFC
グラフィックレベルもここまで来たら及第点をとれるくらいになったと思う
進化の過程で失ったものもある
FCのバタ臭さと言うか
駄菓子屋のお菓子に似た懐かしさ
FCは芸能人も軽く企画にできるくらいのチープさがあった
それらを追い払って進化したSFCは
企業がしっかりお金をかけて開発する登竜門的存在になったと個人的に思う
品質がまばらだったFCは今でも熱狂的ファンがいる
あの味は8ビットならではだと思うのだが
SFCとの出会いは小学生の頃だった
当時アーケードゲームの方が色数も多く音質も随分と違っていた
家庭でこれくらいのゲームができるのなら幾ら投じても惜しくないと思っていた
満を持して任天堂から投入されたSFCは
当時先行したセガのメガドライブより際立った特徴を持っていた
スプライトの回転拡大縮小機能
モザイク機能
リアルすぎたエフェクトに当時は息をのんだ
関係はないのだがSFCのカラフルなコントローラボタンも印象的だった
SFCは自分の中で94年で終わったのだが
とても4年間とは思えないほど密度の濃いいクオリティーに満たされたと思う
アーケードの移植に関しては容量の違いにあり縮小版で終わったが
あの時代にもっと大容量のロムがあればと惜しく思う
今の光ディスクは容量過多すぎて問題があるのだが
世の中は次世代機の次世代機プレイステーション3
とかレボリューションに話題は向かってるのだが
32ビットで実質止まってしまった表現機能の向上をどこで穴埋めするのか
プレステ2は普通のDVDが見れるという画期的?な機能により
スタートダッシュを築けたのだが
次世代機は何が売りになるのか
任天堂はDSなどを見るとわかる通り入力デバイスの多様化により
遊びの幅を広げようとする努力が見える
しかしそれにも限界がある
レボリューションで期待している機能と言えばズバリ
オンラインで過去の名作を購入できるサービスだ
それにはある程度の容量を持ったHDがいるだろうし
過去のハードをエミュレーションするパワーもいる
今の3Dばりばりのゲームもいいがそろそろユーザーの目も疲れている事に
気付かないのだろうか?
過去のライブラリーからいろんな名作をミュージックストアのように
手軽に購入できる仕組みが出来上がれば
ゲームはカルチャーの一つとして認められる日が近いと思う
それこそ新参者にはまねできない貴重なアドバンテージなると思うのだが

Monday, September 12, 2005

ソニー考 音楽編

ウォークマンを生み出したソニー
レコード会社として莫大な規模を築いたソニー
しかしライバルのアップル社にかなり水を明けられてると言った印象だ
iPodが出たときマックユーザーだった自分もふ〜んと言った印象だった
値段も中途半端だし目新しくないし
しかしアップルの思想性はここからまた新たに始まっていた
ソニーの弱点にソフトの問題がある
ゲームもキラーは他の会社が持ってるし
ウィンドウズもかろうじてソニックステージとか言うアプリや
ギガポケットなんかある
しかし大元のソフトは他者が握ってる
一度ソニーは自社企画のOSを立ち上げてみるべきだと思うのだが
それがプレイステーション3などに繋がってるのだろう
話を元に戻すと
アップルはiTunesという非情に多機能でシンプルなアプリを持ってる
市場を奪われた最も大きな原因に
ユーザーの不便をますます助長した事にある
アトラック3とか言う訳のわからない企画
モーラというミュージックストアとは比較にならない粗悪な値段で提供される楽曲
どれも既得権を守りたいというエゴを押し付けられた気分だ
アップルはユーザーの立場になって当たり前の事をやった
ソニーは今度はその身分に立ち返り
もの作りの根本からやり直すべきだと思う

Sunday, September 11, 2005

ソニー考

もの作りの筆頭だったソニーが亡くなって早5年
一体何がソニーを襲ったのか
それはやっぱりプレイステーション2の登場だったと個人的に思う
銀行やら保険を始める前までは
かなり実用性のある製品を連発していた
ソニーの製品は造形美とともに機能美も備わっていた
今は混迷期だとは思う
音楽市場ではアップルが幅を来しているし
ゲーム市場ではマイクロソフト
果てや任天堂
PSPを買って思ったのが中身がスカスカな事
端末としてはいけてるのに肝心のゲームがストレスのたまる仕様に出来上がってる
次に出るウィンドウズPCかプレイステーション3によっては
また未来が浮き彫りになると思う
細部についてはまた

思うに

サブカルチャーどころではなくなった世の中なので
どうも日本の体質に変調が来してるなぁと
大多数がいまだに支持してるのでそれに付随しようとする考え
自分の主観が元々大多数なので
他にぱっとしないので
まぁいろいろ理由があるとすれ
このままだと自分の未来はどうなるんだろうと不安だらけです
でもまぁ未来というのは自分の周りからではなく
自分自身から発するものがないと
たとえ周りは明るくとも自分の足下は暗い
せめて足場を築きたいその一心で日々を送りたいものです

Friday, September 09, 2005

ちょっと立ち止まる

主観性のある記事が大好きで
ニヤリとするようなサイトをのぞいてるのですが
そこでやっぱり思うのは一つの物事があれば捉え方は無尽蔵だと言う事
自分はこう思ってた事が他人はこう思っていた事が結構覆される事が多い
最近のそのギャップが段々でかくなってるのが実感です

自分はわかりやすく伝えるというのは問題以前の事で
いかに自分の色に着色して思いを述べるかがモットーですから

ビデオゲーム孝 アーケード編

小中高大
自分の人生をここまで狂わせたのは
アーケードゲーム
通称ゲーセン
小学校まで駄菓子屋でやってたゲームでエレベーターアクションというゲームがある
ハードボイルドからちょっとずれた世界観で隠密任務を果たすために
エレベーターで下を目指す簡単なゲーム
当時はこれくらいしか印象に映らなかったのだが
カプコンが89年に出したファイナルファイト
これが自分の今のゲーセンの下地になってる
素直にファッション性や爽快感がぐっとくる
この頃からキャラクター性にかなり力を入れてくるようになった

91年に決定的事項がおこる
ストリートファイタ−2
通称スト2
画面を見てビビったのはリッジレーサー、ヴァーチャファイター2
くらいで
これも2Dのドット絵で極めたなと言った印象
続編のダッシュで乱入が当たり前のゲーセン文化にしたのは賛否両論だが
50円玉握りしめてここまで夢中にさせたのは最初で最後だった

同時期に勃興してた勢力
SNK系
このMVSという筐体はものすごくすごかった
沢山のゲームから選択できると言った訳ではなく
駄菓子屋、スーパー、カラオケボックス、レンタルビデオ屋
とりあえずありとあらゆる場所に設置されていた
しかもどこかで見たようなゲームばっか
しかしこのサブカルチャーの逆襲は
その後の%

Wednesday, September 07, 2005

PC孝
パソコン、自分にとって単なる道具に過ぎないのか
エンターティメント、コミュニケーション、クリエイト

出会いは中学
当時、技術の授業で新しく学校に大掛かりに導入された
40台前後のFM−TOWNSが教師の前のモニターに管理されるという
横棒一本引くのにも座標を指定したり
点が見え隠れするのにもプログラムを組む
正直しちめんどくさい

高校に入ってマックの使い道がさっぱりだった
今みたく大容量のHDも搭載しておらず
フロッピーなどのメディアにも様々な規制があった
友達が何に使ってるかさっぱりわからなかった
その頃の俺はプレイステーションに夢中だった

大学に入りようやくゼミのレポート提出に使い始めた
ノーパソを買ったのもこの頃
インターネットも面白かったのだが
何しろ趣味の合う人間を見つけるのが簡単になった

今パソコンを使おうとすれば
作曲 作文 DVD鑑賞 写真、動画管理
ネットショッピング
やろうと思えばたいていのデジタルライフは充実するのだが

これからはコンテンツが多様になるのもうれしい
音楽、小説 漫画 動画
これらが往年の名作としてダウンロード販売されるようなれば
流通に改革がおこりそう
どれもサービスは探せばあるのだけれど2〜3歩足りない
価格と端末がもう少しこなれてこなければ

アニメ孝


アニメ孝
アニメなんかは物語、ゲーム、PCと違って
気付かないうちに幼少から浸透してたもんで
ただ見る媒体として
音楽のように感じるまま
既に植え付けられてるものってイメージがある           
だからアニメって言うのは未だに西洋の素朴な世界観に寓話に満ちて
暖かみのある色使い、世界観とマッチしたテーマソング
お母さんが横に居て一緒に見る
そんなスタイルが脳裏に浮かぶなぁ


自分は70年代末期に産まれたので必然的に80年代のアニメに漬かったのだが
記憶にあるのが、ニルスの不思議な旅、スプーンおばさん
後者はあらすじはほとんど覚えてなく
あらすじ なんて関係なく雰囲気を楽しむアニメとして当時はとらえていたのかも
近頃DVD化されて身近になっちゃった

それから小学生になって
怒濤の如く目の前に現れたのがその当時第1?2?次黄金期を迎えていた
少年誌ジャンプのアニメだった
ドラゴンボール、セイント聖矢、奇面組、オレンジロード
他にもいろんな少年誌からアニメ化されて
ゴールデンタイム=アニメ
の図式が個人的に出来上がってた
同時期に劇場で見る定番と言えばドラ映画だった
映画になるとなぜかいじめっ子がいい奴に変わったり
テーマが壮大になる
最後はごり押しでどんでん返しのパターンが多かったが
ビデオレンタルで

同時期に勃興してたのがジブリアニメ
その前に未来少年コナンとか名探偵ホームズ、パンダコパンダ
複数の下積みの末に出来上がった
ホームズなんかはダカーポ(?)か歌ってた主題歌くらいしか頭に残ってないし
トトロの原型と言われたパンダコパンダなんかは図書館の絵本をちょっとかじったくらい

コナンに至ってはつい最近存在を知った
あれの集大成がラピュタだって言う人が多く
テレビで再放送されてるのを見たけど絵柄が古くてついてゆけない


初めてジブリを見たのが消防の頃のトトロだった訳だが
その前にテレビでラピュタを見て恐るべき作画と演出と完成度を誇ってた
アニメを見てこりゃドラ映画は卒業だなと個人的に思った
(今思えばドラ映画もキャラを大人風にするだけでも全然行けると思うのだけれども)
早速行ったのだがなんと当時は二本立てで
トトロは最初で二本目には螢の墓だった
幸にも不幸にもその当時映画酔いになって
内容は吹き飛んでる
でもズット後に見てトラウマにならなくてよかったよ

サブカルチャー

あなたは80年代と聞いて何を連想しますか
ゲーム、アニメ 漫画
どれもが黄金時代だった往年の麗しき時代
ここではそれらを日記形式で見つめ返します